下山事件、読了。
この事件を知ったのは高校3年の夏期講習。日本史の授業だった。
興味ある人は読んでみてください、という程度の講師の何気ない紹介だったが、私は講義終了後紹介された松本清張の「日本の黒い霧」をすぐさま買い求めた。
その日帰宅するとすぐさま「下山事件」の章を読みふけり、試験にはたして通用するかどうかは別にして、事件の概要を把握してしまった。
この事件のおこったのは昭和24年7月。当時10万人規模の解雇を国鉄が行うことに対して、労働組合をはじめとする左派の猛反発が予想され、国鉄のトップである下山総裁に制裁が加えられるのではと危ぶまれていた時期に事件は起こった。
北千住と綾瀬の間にある東武鉄道国鉄常磐線のクロスする地点で下山総裁の轢死体が発見されたのである。
他殺か?自殺か?
周辺住民への聴きこみ、轢死体の解剖結果などを照らし合わせると「自殺」の可能性は薄い。
では、なぜ事件が「自殺」結論で終結してしまったのか?
占領下の日本、今後の日本のゆくすえをきめかねない時期、分岐点ともいえるこの時期がゆえにこの事件は発生してしまった。
この本が真相を示しているのか?
それはわからないが、真相のかなり近くまで達していると思う(清張説ですら世論の操作に利用された形跡がある)。
いまとなっては事件の真相を知る人間が少くなり、国家機密に抵触する事件でもあるので、今後真相が明らかになることはないと思う。
しかし、昭和史の謎の一つと言える事件であることには間違いない。

松本清張短編集・黒い画集2 陸行水行
本屋で見つけた新刊。「陸行水行」で思い浮かぶのは魏志倭人伝に記載されている邪馬台国の記述。
中国の使者が今で言う博多近隣に到着したことはほぼ間違いないのだが、そこから邪馬台国までの道のりがあやふやで、九州説・畿内説ほか他論が激突して収束する気配がない。
この「陸行水行」では作中に登場する人物が独自の「邪馬台国説」を展開する。
清張はこれがいいたいがために小説にしたのだなと思っていると、あとがきを読むに清張作品の序列として古代史に抵触したのは本作を執筆した頃で、研究の度合いとしてはまだまだ序盤。
ゆくゆく古代史シリーズを書くほんのきっかけになったにすぎないとのこと。

巻末に清張作品の紹介がなされていたが、古代史研究が熟成してから書いた作品があるという。
それが「火の路」。今日探して買い求めました。
「陸行水行」の邪馬台国論の発想がなかなかよかっただけに「私の論ではない」という全否定にはちょっとガッカリしたが、この「火の路」は大いに期待したい。
しかし「陸水」の中にある「宇佐神宮の神秘性」については投げかけだけで終わってしまっているが、これも清張が解明したいテーマであったのだと思う。

※かつて「僧・道鏡天皇になってもいいですか?」という確認をするために、伊勢神宮ではなく宇佐神宮にお伺いをたてにいったという事例がある。
宇佐神宮は出雲のような鎮魂的な意味を持つ神社なのか・・・・歴史書にほとんどでてこないので詳細はわからない。

◎道路の権力 
以前、道路公団云々というコメントを書いたが、道路公団は2年前に民営化されてました。
その事実を知った後に、たまたま本屋でみかけた本がコレ。
色々いきさつが書いてあるようなので、清張の小説と順番をどうするかまだ考えていないが、近日中に読む予定。

下山事件の奥の深さゆえに、ロッキード事件白洲次郎の本が読みたくなってきたよ・・・・。